[補講 by まんどぅーか]

代名詞


  1. 代名詞の変化表だけは覚えよう
     一般にサンスクリットの語形変化表は、 覚えたくなければ無理に覚えようとする必要はありません。 名詞・形容詞や動詞は、一見派手に変化するようですが、 多くは語尾の部分が変化するだけです。 だから変化表をうろ覚えでも容易に語彙集で単語をひくことができます。 あとは文法書で語形変化表を見て、 性・数・格・人称……などの文法的機能を調べればいいというわけです。 たくさん文章を読んでいくうち、よく出てくる語形変化はいつの間にか覚えてしまいます。
     しかし、今回とりあげる代名詞だけは、ぜひ変化表を丸暗記してください。
     というのは、代名詞は語尾だけでなく語全体が激しく変化することが多いうえ、 語彙集がいちいちすべての形を掲載していることは少ないので (当サイトの語彙集には一応全部入れてあります)、 変化をしっかり覚えていないと正体をつきとめることができなくなるからです。 さらに、代名詞の変化のなかには語形が短くなることが多く、 他の語と見かけ上同形になってしまうことがあるので、 落とし穴に陥りやすいということがあります。
     そんなわけで、申し訳ありませんが、 代名詞の変化表だけはぜひぜひ丸暗記してください。

  2. 1人称、2人称
     1人称代名詞2人称代名詞は、 性による違いがありません。
    ●一人称
     
    () () ()
    () () ()
    () () ()
         
    ●二人称
     
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     特徴は何といっても、激しい変化のしかたです。特に主格が他の形と大きく違います。 主格のように頻繁に使われる形は特殊だというのは、いろいろな言語にありがちなことです。 もう頭から覚えてしまうことです。
     次に、呼格がないのが特徴です。
     そして、対格、為格、属格には、特殊な短い形があります。 「〜を」「〜に」「〜の」というのは主格同様によく使われるので、 特殊な短い形も使われるというわけです。 これを「附帯形」といいます。 文法書にはよく、 「独立性なく、直前の語に附帯して用いられる語形」(辻文法p.70) 「直前の語に附帯して用いられる」(菅沼文法・上p.192) などと書かれています。 これだと「意味的に直前にかかる」ように読めますが、 必ずしもそうともいえません。 たとえばゴンダ文法練習題15-25(会員専用)に出てくるは、明らかに、直前語にかかっていません。 ホイットニーの文典によれば(p.187のセクション491-b)、 これらは「アクセントがなく、文頭など強調される位置に来ない」とあるので、 意味的なことではなく、 単に「直前語から連続して軽く読まれる」という意味なんだと思います。
     ところでこの附帯形は、語形が短いために、他の形とまぎれてしまうことが多々あります。 一人称単数対格のは、「〜するな」という禁止の言葉と同形です。 一人称複数のは、次に有声子音やが来ると例によってになりますが、 否定辞にもという形があります。 また、二人称単数のは、三人称代名詞でも男性複数主格形などに用いられる形です。 しっかり見分けてください。
     それから、複合語の前半として用いられる場合は、 1人称単数は、 1人称複数は、 2人称単数は、 2人称複数はという形になります。 複合語の前半にはふつう語の語幹がそのまま用いられるので、 インドの文法家は、これらを代名詞の「語幹」と説明しています。 これらはたまたま従格の形と一致していますが、 「従格こそが語の本来の形である」という意味合いはまったくありません。 たまたま1人称、2人称代名詞では、 複合語前半の形と従格の形が一致しているだけだと思ったほうがいいです。 なお、両数の場合どうなるのかは多くの文法書は何も書いていませんが、 従格のだのだのが語幹とも思えません。 菅沼文法・上p.192は、 変化の語基としてという形をあげてます。 たぶんこのような形になるのでしょう。

  3. 2人称敬称代名詞
     インド・ヨーロッパ語族の多くの言語では、 2人称代名詞は非常にぞんざいな形であり、 よっぽど親しい間柄とか、目下の者に対してなど、敬語を使うとおかしい場合に用います。 フランス語のtuも同様で、一般的には複数形のvousを単数に対しても使います。 実は英語のyouももともとは複数形であり(その証拠に単複同形です)、 単数はthouという形が別にあるのです。
     インドでも同様で、 ウルドゥー語/ヒンディー語の2人称単数代名詞は、 やはり相手を蔑む場合にしか使われない言い方です。 変り種としては、神様への呼びかけにも使います。 神様はあまりに偉いので、ちょっとやそっとの敬語は通用せず、 いっそ一番ぞんざいな言い方でOKだというわけです。 そこで英語やフランス語同様に、2人称複数形のを単数にも用います。 しかしウルドゥー語/ヒンディー語では、この2人称複数形ですら、 よほど親密な相手でないと使えない言い方になってしまっています。 では一般的には何を使うかというと、という言葉を使いますが、 これは文法的には3人称複数扱いになります。
     要は、2人称のように相手を指す言い方は強すぎるので、 複数形にしてボカす、さらには3人称にかえてしまうというわけで、 こういう現象は多くの言語にあると思います。 ドイツ語の2人称敬称代名詞Sieも、 3人称複数のsieから来たことばで、 現に文法的には同じ扱いになります。 日本語だって、「お前」のようなかつての尊敬語は今では蔑みの言葉になっています。 最近はどうかすると「あなた」すら蔑みの言葉になっているかもしれません。 ネットの掲示板で「あなた」と呼びかけてケンカになった例はいくつもあります。 代名詞を使わずに名前を使ったりするというのは、 「2人称を避けて3人称を使う」例といえるかもしれません。
     さて、サンスクリットはどうかというと、 は、特に避けられているわけでもなく、 ごく普通に使います。 が、やはりこれとは別にという敬称代名詞があります。 そしてやはりこれは、3人称扱いになりますので、 次講以降でやる動詞の変化では、3人称の形を使わねばなりません。
     変化は所有形容詞型と同じです。 →変化表

  4. 3人称代名詞
     1人称代名詞と2人称代名詞には性による区別がありませんでしたが、 3人称代名詞には性による区別があります。 なんだかタイヘンな気がしますが、 英語でいえば、he、she、itという異なる3つの語になるはずのところが、 1つの語の変化形ということになっている、と考えれば、結局は同じことです。
      男性 中性 女性
     
     男性単数主格形のの連声は特殊です。まとめると、
    • 子音の前……
    • の前……
    • 文末……
     それから上にも書いたように、上の表で5箇所に出て来る という形は、 2人称単数代名詞の附帯形と同形なので注意してください。

     の訳は、必ずしも「男性=彼、女性=彼女、中性=それ」とは限りません。 男性名詞を受けて男性形になっている、 女性名詞を受けて女性形になっているだけかもしれませんので、 何を指しているのかを吟味してから訳すことです。
     また、属格の意味は、「その〜」「あの〜」ではありません。 単に「その〜」「あの〜」なら、「〜」部分の名詞の性・数・格に一致させるだけです。 だから「その本は黒い」は、 です。 とすると、「彼の本は黒い」になります。 属格の意味は「彼の、彼女の」であり、 たとえ無生物や中性を受けているとしても「それの、あれの」になります。

     は頻出するうえ、 後述のように、これと同形の変化をする語は非常に多いので、 この表は何が何でもしっかり覚えてください。

  5. 関係代名詞
     関係代名詞はという形です。 やはり性・数・格にしたがって変化します。 変化はと同じ。 つまり語頭のに変えればOKです。 それじゃわからんというのでしたら、 こちらを見てください。
     さて、サンスクリットの関係代名詞は、単独では用いられず、 と呼応して用いられます。 つまり英語風にいえば、 The girl whom I married is a nurse. (私が結婚した少女は看護婦です)を、 Whom I married, she is a nurse. のような言い方で表現するのです。 ですから、関係代名詞を使った文を訳すコツは
    1. まず関係代名詞をに置き換えて、それを含む部分を訳す
    2. 続く部分を訳す。
    3. さきほどに置き換えた関係代名詞が、2.のどの部分と同じかを考えて、1.と2.を組み合わせる。
    となります。 このあたりは習うより慣れろで、実際に場数を経ないとなかなかできるようになりません。 この点で「文法概説」のネタ本『実習梵語学』は、 代名詞に関する演習問題を載せていないという不満が残ります。 ぜひゴンダ文法の練習題11(会員専用)あたりをやってみてください。
     なお、は、「〜のために」という意味の接続詞としても使いますので、 気をつけてください。

  6. 疑問代名詞
     関係代名詞はという形です。 やはり性・数・格にしたがって変化します。 変化はと同じ。 つまり語頭のに変えればOK、 ただし中性単数主・対格はでなくです。 それじゃわからんというのでしたら、 こちらを見てください。
     疑問代名詞の意味は、人間を指しているのであれば「誰」、 モノを指しているのであれば「何」です。 必ずしも「男性・女性=誰、中性=何」とは限りませんが、 「誰」と発問するときにはふつう男性か女性かはわかるはずですし、 中性になることはふつうありえません。 逆にモノについて「何」と発問するとき、 一般的には、それを指す名詞の性がわかるはずもないので、中性を使うことになるでしょう。 とすると「男性・女性=誰、中性=何」と考えてあまり間違いは起こらないかもしれませんが、 (生まれた子供が何の役にたつか?)は、 という男性名詞の主語に対応して になっているので、 を「何」と訳すよい例になっています。 こんなこともあるので即断は禁物です。
     サンスクリットの疑問代名詞は一語だけです。 では、「誰」「何」以外の疑問文はどうやって作るかというと、 疑問代名詞から派生した他の形容詞や副詞を使って表現します。
     英語のwhich、つまり「どちらの」は を使います。 前者が「2つのうちのどちら」、後者が「3つ以上のうちどれ」という意味になります。 ちょうど比較級、最上級みたいですね。 ただし変化は代名詞型変化をします。詳しくはこのページの下のほうを見てください。
     「いつ、どこ、なぜ」などは、すべて副詞で表現します。 具体的には「いつ」が、 「どこ」が、 「どちら」が、 「なぜ」がです。 このようには、「誰、何」以外に「なぜ」という副詞としても使われます。 また単なる「〜ですか?」という意味を表す疑問詞としても使われます。 これらのときは性・数・格の変化をしません。
     これらの疑問代名詞、疑問形容詞、疑問副詞のあとに、 をつけて不定代名詞を作ることができます。 たとえばなどで「誰か」です。 「どこか」などです。 の場合は性・数・格によって変化してももちろんかまわないので、 たとえば「誰によって」→「誰かによって」などとできるわけです。 の前で分かち書きするかどうかは本によって異なります。

  7. その他の代名詞
    1. (これ)、(あれ)…… 長くなるので変化表は再掲しません。 こちらこちらを見てください。 ほどではないにしろ頻出します。 変化もかなり激しく、しっかり覚えていないと見分けられません。
    2. (これ)……がついただけです。 特殊な連声も含めて、とまったく同じ変化をします。 をしっかり覚えればわざわざ別に覚える必要はありません。
    3. (これ)……風変わりなことに、対格など一部の格しか持ちません。 文法書によってはの表にまぜてしまったりすることがあります。 実は当サイトもそうです。 変化はこちらを見てください。


  8. 代名詞型変化
     前講の(1)もそうでしたが、 で終わる名詞・形容詞の中には、普通の型名詞・形容詞変化ではなく、 代名詞的変化をするものがあります。
     では「代名詞的変化」とはどういうものでしょうか。 普通の型名詞・形容詞変化とどう違うのでしょうか。 まとめてみましょう。
    ●男性
     
     
         

    ●中性
     
     
         

    ●女性
     
     
         

     上の表で、黒字で書いた列(「形」と書いてある)が普通の型名詞・形容詞変化、 赤字で書いた列 (「」と書いてある)が代名詞型変化、 さらに黄色で塗ったところは、型名詞・形容詞変化と異なるところです。
     (2つのうちどちらか)、 (3つ以上の中からどれか)、 (他の)、 (他の)などは、代名詞的型変化、つまり上表の赤字の変化になります。 詳しくはこちらを見てください。
     また、(すべての)などの形容詞は、基本的に代名詞型変化なのですが、 中性単数主格・対格だけは形容詞型変化、つまり上表の黒字の変化になります。 前講で扱った(1)もこの型です。 詳しくはこちらを見てください。
     さらに、(内部の)などいくつかの形容詞は、 それ以外の部分にも形容詞型変化がまじります。 詳しくはこちらを見てください。

     これらの形容詞がどの型に属するのか、 そしてどことどこで代名詞型変化がまじるのかというようなことは、 作文や会話をするならともかく、 読解をするだけだったら一生懸命覚える必要はありません。 要は形容詞型変化と代名詞型変化の語尾を両方覚えておいて、 「どっちの型で変化しててもわかる」というふうに柔軟に対処すればいいのです。
     経験的にいえば、で終わっているときに、 「あれ、処格のはずがないぞ。あっ、この形容詞は代名詞型変化をしてるんだ。 だから男性複数主格か!」 という場合が多いと思います。

  9. まとめ
     長かったですが、ここでやっと名詞・形容詞の変化がすべて終わりました。 今後は動詞の変化になり、今までとは比較にならないほど複雑なのでうんざりしますが、 実は以前 (名詞・形容詞(2)の補講) にも書いたように、サンスクリット文に出てくる単語のほとんどは、 名詞変化なのです。 こころみに、当サイトのリーディングコーナーにある ヒトーパデーシャ2-5で数えてみましたが、 名詞的変化をしている単語が66%、 動詞的変化をしている単語が14%、 副詞などの不変化語が20%になりました。 名詞的変化をする語がいかに多いか、 そして動詞がいかにたまにしか出てこないかがわかります。 もっとも「名詞的変化」のうち10%分は分詞なので、 これを全部動詞にしてしまえば、 名詞56%、動詞24%ですね。 少しは動詞が多くなりますが、 それにしても名詞変化のほうが非常に多いということがわかります。
     動詞の変化は複雑ですが、現実に出てくる形はほとんど限られていますので、 見掛け倒しです。 サンスクリットの文法のヤマは半分以上越えたのです。 もうひとがんばりです。