ローマ字以外の表記法
- はじめに
パーリ語には固有の文字がなく、南伝仏教諸国ではそれぞれ自国語の文字で表記しています。現代の学問の現場ではほとんどすべてローマ字表記をしていますが、たまに南伝仏教諸国の刊本を読まねばならないこともあります。そこで南伝仏教諸国の文字の表記法を簡潔にまとめておきます。
なお、ローマ字をこれらの文字表記に変換するためのユーティリティーが、当サイトの「雑感集・技術情報」にあります。このページのフォントが小さくて読みにくいとか、説明が簡単すぎて特殊なケースにどうなるのかわからないという場合は、このユーティリティーで変換してみてください。
このページでとりあげるのは、シンハラ文字、ビルマ文字、タイ文字、デーヴァナーガリーです。念のためいうとシンハラ文字はスリランカで使用されている文字です。また近年になってインドでもパーリ語文献が出版されるようになり、そこではインドの文字であるデーヴァナーガリーが使用されていることがあります。
それから、ここで解説する表記法は、あくまでパーリ語に限ります。シンハラ語、ビルマ語、タイ語には、パーリ語にない独特な発音がいっぱいあります(特にビルマ語やタイ語はチベット・シナ語族の言語独特の「声調」があります)が、それらの表記は一切割愛します。また、歴史的な発音変化により、現代のビルマやタイではパーリ語の単語をかなり違う音で発音しますが、そういうのも一切割愛します。
これら4つの文字の特徴は、「音節文字と音素文字の中間」だということです。日本語のカナのように音節単位で表記するので、原則として「子音+母音」で1文字になります。母音のみは表記可能ですが、子音のみを表記するには記号をつけるなどの工夫が必要になります。
その一方で、日本語のカナは、子音が同じで母音が違う(たとえばka、ki、ku、ke、ko)という場合、「か、き、く、け、こ」のように、それぞれの間には字形の共通性が全然ありません。しかしこれら4つの文字では、kaを表す文字に母音記号をつけることでki、ku…を表記します。この意味ではローマ字的な性質もあわせもっているわけです。
- 子音
上述のようにこれらの文字は音節文字であり、「子音+母音」で1文字になります。
次の表が子音字ですが、すべて
という母音を含んでいます。この
を別の母音に変更したり、また子音のみを表したりするには、後述のように記号を付加します。
- 母音
母音字には、母音のみを表す独立形と、上述の子音字に含まれる
を変更するための母音記号とがあります。以下、母音記号のほうは
字につける形で示します。赤い部分のみが母音記号です。

以下、個別の補足事項です。
- シンハラ文字
- 母音記号の
と
の違いがわかりにくいですが、大きく書くと
(
)、
(
)
のようになります。
のほうが最初にちょっとカギが入っています。
- 上表の母音記号
、
は、
、
、
、
につけるときのみです。他の子音字では
(
)、
(
)
のようになります(これも小さいと違いがわかりにくいので大きく書きました)
- 全く特殊なものとして
(
)、
(
)、
(
)、
(
)
に注意
- ビルマ文字
- ビルマ文字の母音記号
と
の右側は、マル1つ分の子音字につけるときには
(
)のように縦長に書きます。
- ビルマ文字の母音記号
と
は、子音字の下に書くスペースがないときは、
(
)、
(
)のように独立して大きく書きます。
- タイ文字
- タイ文字では上のように独立形は存在せず、母音記号を
字につける形で表現します。
- デーヴァナーガリー
- ニッガヒータ
ニッガヒータ(
、サンスクリットでいうアヌスヴァーラ)は次のような記号で表記します。
字につけた形(
)で書きます。

なお、鼻音+同系統の子音字という組み合わせのとき、鼻音をこのニッガヒータを用いて表すことは、どの文字でもよく見られます。たとえば





を





と表記するようなものです。
- ヴィラーマ、結合子音
子音のみを表すには、子音字に次のような記号をつけます。これをヴィラーマといいます。

パーリ語の場合、語が子音で終わることはないので、これが必要なのは「子音+子音+母音」のような組み合わせを表すときということになります。シンハラ文字とタイ文字はこの記号をそのまま用いて表記すればいいのですが、ビルマ文字とデーヴァナーガリーでは結合子音字という2子音字を組み合わせた文字を用います。以下、それぞれ説明します。
- ビルマ文字
- 子音+
、子音+
、子音+
、子音+
を表すのにはそれぞれ次のような専用の記号があります。

+子音は、子音の上に独特な記号をつけて表します。



、


- その他の結合子音として次のようなものがあります。

- デーヴァナーガリー
- 縦棒のある文字の子音+別の子音……その縦棒を除いた形にしてその右に次の字をくっつけます。たとえば、


と書く場合、母音のない
は、
を使って、
のように左右をくっつけます。
- 縦棒のない文字の子音+別の子音……次の子音字を下に書きます。
(例)
(

)
(
)+別の子音……
(

)のように、
次の子音のシロレーカーの上にカギ形を書きます。
-
別の子音+
(
)……
(

)のように、
前の子音の左下にナナメ線を書きます。
- その他、例外形として
(

)
- 句読点、スペース、数字
シンハラ文字は、伝統的には独自の句読点や数字を用いていましたが、現行のフォントには収録されておらず、通常の,や.や算用数字を用いているので割愛しました。他の文字は次のとおりです。
