ナラ王物語・解題

ナラとダマヤンティーの物語

Charles Rockwell Lanman.まんどぅーか訳


  1. インドにおけるアーリヤ人移住の傾向は、大ざっぱには北西から南東へであった。つまり、インダス川とその支流が流れる、パンジャーブすなわち「5つの川の地方」と呼ばれる地方を横切り、ふたたび南東へと、ヤムナー川とガンジス川の流れる平地へと下って行った。アーリヤ人移住者たちのぬきんでたグループは、コーサラ、ヴィデハ、マガダなどであり、ガンジス川の作る平地の、ヤムナー川との合流点の東に定住した。今の言い方でいうオードゥ(アヨーディヤー)、ベハール(ビハール)地方、つまり仏教が起こる地である。
  2. 別のグループの種族は、インダス川上流、パンジャーブ地方北西部に居住した。彼らの特徴は、ヴェーダの宗教と文明を持っていることだった。その後に彼らは南東へと進出し、ヤムナ川とガンジス川の上流、いわゆるマディヤ・デシャすなわち中央地方に定住した。バーラタ、クル、パンチャーラスといった種族である。ここでバラモン教が育った。つまりヴェーダの素朴な宗教が、祭祀と犠牲のシステムを持つ宗教へと発展したのである。ここでバーラタ族は、類似したいろいろな種族の性格を合併しながら、宗教的指導者の立場に立ち、栄光ある名前を獲得した。ここでバーラタ族の大戦争が起こった。そしてここで、学校や森林の中の庵といったところで専従して学ぶ学生たちに、犠牲をささげるときや葬式をするときなどに、これらの戦争や英雄たちの物語が語られた。これらは偉大なるバーラタ族の物語を核にした物語なので、、そしてもっと短く、マハーバーラタと呼ばれた。
  3. これらの物語は、たぶん、最初は散文の形で流布したのだろうが、後により賢い語り手たちが、簡単な記憶しやすい韻文の形に仕立て上げた。その叙事詩の形が最初にいつできたのかはわからない。紀元前数世紀にはもうできあがっていただろう。しかし、いつできたかを解明できるような証拠は、彼ら自身もギリシア人など他国人たちも何一つ残していない。核となる物語の周囲に、歴史、神話、教訓などいろいろなが付加されて、現在あるマハーバーラタができあがった。それは10万以上の句からなり、イーリアスやオデュッセイアなどの8倍ほどである。
  4. 詩全体のうちメインストーリーは5分の1ほどでしかない。それをできる限り短く要約すれば次の通りである。2人の兄弟、ドリタラーシトラ()とパーンドゥ()は、現代のデリーの北東100キロほどにあるハスティナープラの王宮に育った。兄のドリタラーシトラは盲目だったので、パーンドゥが即位し、立派に世を治めた。彼には5人の息子がいたが、そのうちの主なものは、ユディシティラ、ビーマ、アルジュナであった。彼らはパーンダヴァと呼ばれ、英雄として賞賛された。ドゥルヨーダナをはじめとした、ドリタラーシュトラの100人の息子たちは、通常クルの王子たちと呼ばれ、あらゆる点で劣っていた。パーンドゥ王が死ぬと、彼らはいとこに育てられた。王権はドリタラーシュトラに移り、こんどは甥であるユディシティラが後継者に定められた。
  5. ユディシティラの功績によっていとこたちは敵意を抱き、彼らの陰謀から逃れるために、パーンドゥの王子たちはパンチャーラの王国へと逃れた。パンチャーラの娘ドラウパディーが、彼らの共通の妻になっていたのだ。パンチャーラとの強い同盟を考慮して、ドリタラーシトラはパーンドゥの息子たちと和解するのが一番だと考えた。彼は王国を分割し、ハスティナープラを彼の息子たちに与え、甥たちには南西の地域を与え、そこにインドラプラスタを建設した。これが今のデリーである。かくてパーンダヴァたちと彼らに支配された人々は、ユディシティラ王のもとで平和に暮らした。
  6. あるとき、ドリタラーシトラは都で王子たちを集めて大宴会をした。パーンダヴァたちも招待されてやって来た。ユディシティラはドゥルヨーダナから賭けをもちかけられて受け入れた。サイコロはドゥルヨーダナのおじシャクニによって投げられ、ドゥルヨーダナが勝利した。ユディシティラはすべてを失った。富も王国も兄弟も妻も。しかし、妥協案が作られた。12年間パーンダヴァたちが王国の自分たちが治めている部分を放棄し、13年目には人に知られないように生活し続けるというものだ。ドラウパディーとともに、彼らはカームヤカの森、サラスヴァティへと隠遁する。
  7. 12年間パーンドゥの王子たちは森に住む。追放された彼らを慰め気晴らしをさせるために多くの伝説が語られた。これらの物語は、王子たちの森の生活の記述とともに、第3巻「森林の巻」()となっており、詩全体の中で一番長いものの一つである。
  8. 13年目が終わった。「このとき14年目にパーンダヴァたちは元の地位に戻ることを希望したが、受け入れられなかった。そこで戦いが起こった。彼らは支配者であるドゥルヨーダナ家の多数の王子たちを倒した。彼らは味方の戦士のほとんどを失うが、彼らは再び自分たちの王国を取り戻した」MBh. 1.61.51=2280。こうしてバーラタ族は、間違いなく、その最も古く単純な生活様式を終えたのである。
  9. 現在われわれが目にしている詩は、数巻、数千句にわたって、戦争の物語を展開している。長い間かかってようやく、ユディシティラはハスティナープラに君臨し、クル族の首長ビーシュマは、ひどく傷つくが、ユディシティラに王の務めやその他もろもろをおよそ2万句にわたって教え、そして死ぬ。第7巻では、パーンドゥたちが王国を放棄し、ドラウパディーとともに天に昇る。
  10. 『ナラ王物語』は、メインストーリーであるバーラタ族の話と、そこに挿入された数々のエピソードとが、いかに関連がいい加減かをよく示している。『ナラ王物語』は第3巻に挿入されたいくつかのエピソード(上記7.参照)のうちの1つであり、その設定は次の通りである。アルジュナは、インドラから神性の武器を得るために、インドラの天に行った。他のパーンダヴァたちはアルジュナがいなくなったことと王国を喪失したことを悲しみながら、ドラウパディーの森にとどまっていた。その間、勇猛なビーマが兄のユディシティラに、この森から外に出て、彼らをだましたいとこたちを殺そうと申し出る。ユディシティラは、13年目が終わるまで待つようビーマに助言し、血気にはやる弟をなだめる。と突然に、非常に賢いブルハダシュヴァがやってくる。彼らはこの聖人に敬意を表し、客人への一般的な待遇であるミルクとハチミツの料理をふるまう。聖人が席につくと、ユディシティラが隣に座り、自分たちの悲しみを語り、そして質問する。「私よりも不運な人の話をあなたは見聞きしたことがありますか」。すると聖人は答える。「そういうことなら、あなたよりももっと不運な王の話をしましょう。ナラ王はかつて邪悪な博徒に彼の王国をだまし取られ、森に住み、奴隷も戦車も兄弟もないばかりか、友人すらいなかったんですよ。しかしあなたは英雄たちや兄弟たちや友人たちがそばにいるのですから、嘆くことはありません」。そこでユディシティラは、その話を詳細に語るように聖人にお願いした。そこで王を慰めるために、そして、ちょうどナラ王が彼の王国を取り戻したように、王国を取り戻す望みがあるのだと知らせるために、ブルハダシュヴァはこのリーダーに収録されたように語り始める(リーダーの1ページ3行目以降)。
  11. 第1章。ナラはニシャダ国の王子であった。ダマヤンティーはヴィダルバ国の王ビーマの美しい娘であった。ハンサ鳥の奇妙なとりなしによって、王子と王女はおたがい魅惑される。
  12. 第2章。ビーマはダマヤンティーのためにスヴァヤムヴァラ(婿選びの式)を開催する。近隣の王たちが招待され、彼女には彼らのうちから自分の夫を選ぶことが許された。主要な神々もそれを耳にして、やはり行こうと決める。途中で、彼らはナラと会う。ナラも同じ用件でやってきたのだ。
  13. 第3章。神々はナラに、手を引くように頼む。しぶしぶ同意して、ナラは王女の部屋に入り、神々がどれほど彼女を妻にしたがっているかを語る。
  14. 第4賞。ダマヤンティーは神々の肩を持つ話を聞くのを断る。彼女は、スヴァヤムヴァラが通常どおりに開かれて、神々が出席し、神々の前で私はナラがすきなのだということを公然と言いたいのだという。この話の一切をナラは神々に報告する。
  15. 第5章。神々と王たちは集まる。4人の主要な神はナラに化ける。本物のナラを識別することができないので、王女は悲しんで神に祈る。すると彼らは本来の姿に戻り、不思議な力を示す(リーダー14ページ12行目以降)。そこで彼女はナラを選ぶ。王たちは自分たちの悲しみと神々の栄光とを表現する。神々はナラに、いつでも望むときに火と水を得られる魔術と、すばらしい料理の腕前とを伝授する。結婚式宴会は祝福された。ナラは花嫁とともにはニシャダ国に戻る。彼らは幸福に暮らし、息子と娘を得る。ここでリーダーへの抜粋部分は終わる。
  16. 第6〜26章。ここではナラの災難とハッピーエンドとが語られる。彼は賭けによってすべてのものを、王国すらも失い、空腹で半裸の姿で森をさまよう。彼は小人の姿に変えられ、オードゥ国の王リトゥパルナの御者となっている。ダマヤンティーは、クンディナにいる父のところで、ナラがオードゥ国にいるといううわさを聞く。ダマヤンティーはナラに再会したいというかねてからの希望をかなえる計略を弄する。すなわちリトゥパルナに、オードゥからクンディナへの数百マイルの行程を一日で来るように言う。ナラの馬術の腕前(リーダー1ページ14行目参照)がなければこの仕事はできないということを知っているからだ。リトゥパルナはナラに天翔けるような運転をさせる。ナラは報酬としてサイコロの完全な腕前を得る。ダマヤンティーは火と水の魔術と料理の腕前とによって彼がナラであると気づく。ナラは再び本来の姿に戻り、ふたたび賭けをして、彼が失ったすべてのものと幸福な生活とを取り戻す。
    この話はミルマン、ボップ、リュッケルトなどさまざまな訳で読むことができる。一番簡単に入手でき、いきいきとした英語で翻訳されているのが、Edwin ArnoldのIndian Idylls(インド田園詩)におさめられた訳である。Boston, Roberts Brothers, 1883, $1.00。
    まんどぅーか補注:日本語で読めるものは以下の通り
    • 鎧淳訳『マハーバーラタ・ナラ王物語』岩波文庫(1989)
    • 北川秀則、菱田邦男訳『ナラ王物語とサーヴィトリー姫物語』山喜房仏書林(1999)
    • 上村勝彦訳『原典版マハーバーラタ 3』ちくま学術文庫(2002)
  17. ブルハダシュヴァがナラ王の物語を語り終えると、ユディシティラは喜んで、彼にサイコロの完全な腕前をたずねる。そしてこの隠者は、祈りを捧げながらここを去る。
  18. この物語は、疑いなく、マハーバーラタの中で最も古く、最も美しいエピソードのうちの1つである。それはインドで極めて有名であった。そして注意しなければならないのは、ヴィシュヌ信仰の悪い影響、つまり信者たちがこの叙事詩全体にわたって行った改変、改ざん、改悪を免れているという事実である。
  19. 『ナラ王物語』もやはり、特に最初の章においては多くの後の人の手を経ているが、改悪された数々のエピソードのうちでは最小程度のものの1つである。この話が昔のままであることは、たとえば王子が自分の食事を料理するなどエピソードの単純さによって、またインドラの性質(14ページ22行目参照)によって、その他いろいろなことで暗示されている。ホルツマン(Holtzmann)の『Indische Sagen』シュトゥットガルト、1854、ページxivを参照。ブルース(Bruce)は、詩全体からおきまりの表現をできる限り除去し、988句を522句に減らして、1862年にサンクト・ペテルブルクで『ナラ王物語』のテキストを出版した。
  20. 物語は、ボンベイ版(1877)ではiii.53.1(二つ折りでは58b)、またカルカッタ版(1834)ではiii.2072から始まる。
    まんどぅーか補注:現在マハーバーラタのテキストとしては、プーナ批判校訂版を用いるのが普通。これを京都大学の徳永宗雄先生が入力なさったテキストがこのサーバーから入手できる。ここからm03.1_1.eをダウンロード、0030500011-0030780233を参照。
  21. 韻律。節(シローカ)すなわち対句は、8音節の詩句(パダ)4つからなっている。1番目と2番目のパダ、つまり半シローカ、すなわち1行は、その中間に休止が入って分割されている。3番目と4番目のパダも同様である。さらに重要な規則は以下の通りである。
    1. 奇数パダはふつう、またはで終わる
    2. 偶数パダは、またはで終わる
      つまり半シローカの形式はである。
      しかし
    3. いかなるパダも、2〜4音節はであってはならない。
    4. さらに偶数パダにおいて2〜4音節はであってはならない。